1939年生まれですから、間もなく87歳になります。終戦時は、小学校一年生でしたので、わずかですが戦争を経験しております。大阪市内に住んでおりましたが、終戦直前に大阪大空襲で焼け出され、現在住んでいる八尾市に移りました。
八尾に移ってからも 戦争を経験しております。といいますのは、八尾には大正飛行場(現八尾飛行場)があって、米軍の艦載機による空襲を受けたからです。あまり思い出したくない言葉は、灯火管制、空襲警報、防空壕などです。
終戦後はじめての年が小学校一年生ですから、成長期に食糧難の時代を経験したことになります。それでも、無事に成長して現在を迎えておりますのは両親のおかげと考えております。学歴としては、中・髙は大阪星光学院、大学は大阪歯科大学です。
さて、ロータリークラブに入会した理由ですが、義父がロータリアンでしたので、ビジターとして数回例会に参加した経験がありました。その時には、とくに何も感じなかったのですが、その後、友人から入会を勧められて、とくに考えることもなくロータリークラブに入会しました。ですから、入会の動機を聞かれると困ってしまいます。
大抵のロータリアンは、入会した時点ではロータリークラブのことを十分に理解はしていないと思います。会員としての年月を重ねることによって、だんだんとロータリークラブのことがわかってくるのだと考えております。
入会して今年で34年目になりますが、まだロータリークラブのことが十分に分かったとは言えません。ただ、入会時に当時会員選考委員長をされていた、服部会員が言われたことを明確に覚えております。それは、「例会に欠席しないこと」と「なんでも頼まれたらノーと言わない」ということでした。
できるだけこれらの言葉に従うように努力してきましたが、完全というわけではありません。しかし、わたくしも高齢になりましたので、これからはできるだけ「ノーと言わない」を撤回してゆっくりとロータリークラブ生活を過ごしたいと考えております。
さて、長い間ロータリアンを続けている理由ですが、それは人生でロータリークラブに入らなければ絶対に出会わなかった人たちと知り合いになれたことです。そしてその人たちと楽しい時間を過ごせたことです。このことに尽きます。ロータリークラブでは、いろいろ教わることがたくさんありました。わたくしのような狭い人間関係の中で過ごしてきた者にとって、このことは素晴らしい経験でした。
あとは、たいしたことではありませんが、自分の少しの余裕部分で人のためになることができたかなということです。